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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)10519号 判決

原告 高橋早百合

右訴訟代理人弁護士 杉山忠良

右訴訟復代理人弁護士 尾崎正吾

被告 相沢勇喜男

〈ほか二名〉

右被告三名訴訟代理人弁護士 田邨正義

主文

一  被告らは各自原告に対し一四六万二、五五八円およびこれに対する昭和四九年一月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その三を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは各自原告に対し金三五〇万〇、八五八円および内金二六〇万〇、八五八円に対する昭和四九年一月二〇日から、内金九〇万円に対する昭和五〇年五月九日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言

二  被告ら

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

原告は、次の交通事故により受傷した。

(一)  日時 昭和四六年一一月八日午前八時三五分頃

(二)  場所 千葉県野田市柳沢一番地先路上

(三)  加害車 普通乗用自動車(習志野五五の六一一九号)

右運転者 訴外相沢かおる

(四)  態様 訴外清水定信が運転し後部座席左側に原告が同乗していた普通乗用自動車(以下被害車という。)が道路左側に停車している貨物自動車の右側を通り抜けるため徐行して進行していたところ、被害車の後方から進行してきた加害車が被害車の左後部に追突した。

二  責任原因

(一)  被告相沢勇喜男(以下、被告勇喜男という。)は加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基き本件事故によって原告が受けた損害を賠償する責任がある。

(二)  本件事故は訴外相沢かおるの過失によって惹起されたものであるから、同訴外人は本件事故によって原告が受けた損害を賠償する責任があるところ、昭和四八年三月一八日同訴外人、被告相沢トシ(以下被告トシという。)および原告間で被告トシが同訴外人の右損害賠償債務を引受け、同訴外人および原告がこれに同意する旨の債務引受契約が成立した。

(三)  被告千代田火災海上保険株式会社(以下、被告会社という。)は、被告勇喜男との間で加害車につき保険金額を一、〇〇〇万円、保険期間を昭和四六年七月二八日から一年間とする自動車対人賠償責任保険契約を締結しているので、原告は被告勇喜男の資力の有無を問わず同被告に対する前記損害賠償請求債権を保全するため、被告勇喜男の被告会社に対する右保険金請求権を民法四二三条により代位行使する。

かりに、右代位行使には被告勇喜男の無資力が要件になるとしても、同被告は勤め人であって原告の損害を賠償する資力がなく、原告は勝訴判決を得ても同被告に対する執行により満足を受けられないことが明らかである。

三  損害

(一)  原告は本件事故により頸部むち打ち損傷の傷害を受け、事故当日野田市内の岩倉病院で治療を受けた後、昭和四六年一一月一六日から同四七年二月七日まで慈恵医大附属病院に通院し、同四七年一月一〇日から同四九年一二月一七日まで岸本ビル診療所に通院して加療を受けた。

(二)  右受傷による損害の数額は次のとおりである。

1 治療費 一〇九万一、九一八円

慈恵医大附属病院の治療費として一万九、五一八円、岸本ビル診療所の治療費として一〇七万二、四〇〇円を要した。

2 通院交通費 八、九四〇円

前記通院のため、慈恵医大附属病院については国電およびバスの往復運賃一二〇円の一五回分一、八〇〇円、岸本ビル診療所については国電往復運賃六〇円の一一九回分七、一四〇円の交通費を要した。

3 慰藉料 二四〇万円

原告は本件事故による受傷のため前記のように長期間の通院治療を余儀なくされ、その間通院に時間、労力を要したのみならず、疲れ易い、頭が重い、持続力、集中力の欠如等の症状があり、生活上はもちろん原告の職業である弁護士業務の遂行上も障害をきたし、甚大なる精神的苦痛を蒙ったので、これが慰藉料としては二四〇万円をもって相当とする。

四  よって、原告は被告ら各自に対し、三五〇万〇、八五八円および内金二六〇万〇、八五八円に対する本件事故発生の日の後である昭和四九年一月二〇日から、内金九〇万円に対する昭和五〇年五月九日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告らの主張

一  請求原因に対する認否

(一)  請求原因第一項の事実は認める。

(二)  同第二項(一)、(二)の事実および(三)のうち原告主張の保険契約の存在は認めるが、被告会社に対する代位請求の適法性については争う。

(三)  同第三項は不知。

二  原告の岸本ビル診療所における治療費について

原告は岸本ビル診療所における治療費として一〇七万二、四〇〇円を請求しているが、右治療費は診療内容に比して異常に高額であり、次に述べる理由により、少くとも健康保険診療報酬基準(以下健保基準ともいう。)の二倍をこえる部分は、本件事故と相当因果関係を欠くものというべきである。

(一)  治療費の請求と相当因果関係

不法行為に基く損害賠償請求においては、積極損害のように実質的性格の強いものであっても高額に失する場合には、損害の公平な分担の見地からその賠償請求に制限が加えられるのは当然であって、医師の診療報酬といえどもこの例外ではなく、当該診療行為の必要性および当該診療行為に対する報酬額の相当性が常に検討の対象とされなければならない。

もっとも、診療報酬に対して批判的な検討が加えられた裁判例は少く、また、弁護士報酬、診療報酬等知的労働に対する対価の基準化については困難な側面のあることは否定できないが、素人である多数の患者あるいは依頼者の保護という要請からすれば、個々的には多少の不合理があっても報酬の基準化は不可避であり、ことに不法行為による人身傷害あるいは労働災害の場合のように医療費の負担が最終的には医師と直接関係のない第三者に転嫁されることが予想されている場合には、その必要性は一層顕著であるといわなければならない。さらに、今日なお交通事故は大量に発生しており、その被害者の治療費の大部分は自賠責保険によって賄われていること(本件治療費も最終的には自賠責保険から支払われることになる。)を考えると、自由診療についても被害者に対する支払の迅速と公平をはかるため診療報酬の基準化は必至の情勢にあるといわなければならない。そこで、診療報酬の基準化を前提として、その体系を考える場合、現在のように国民皆保険が徹底し、医療の大部分が健康保険で賄われている実情下では、少くとも健康保険の診療報酬体系を無視することはおよそ非現実的であるといわなければならず、実際上も一般診療費水準は健康保険の診療報酬体系を基準として形成されているのである。

こうした一般的基準に対しては、もとより例外を認める必要性のあることは否定できず、たとえば、きわめて重症の患者に対する困難な手術をした場合の報酬等は、まさにその典型といってよいし、被害者が医師を任意に選択する余地がないまま高額の診療費の支払を余儀なくされたような場合(原則として診療初期の段階に限られよう。)については被害者にのみ負担をしわよせするような結果は避けなければならないけれども、右のような例外的な場合を除けば、前述した一般的水準を著しく逸脱した治療費部分は、一般原則に立ち帰って事故との相当因果関係を否定すべきである。

(二)  一般診療費水準について

今日、自動車事故による外傷の治療費の大部分が自賠責保険によって賄われていることは公知の事実であり、巷間「自賠責診療」などとも呼ばれているところ、各地の医師会もしくは医師会類似の団体の中には、いわゆる「自賠責診療」につき健保単価の二倍(一点二〇円)を基準とする旨を文書により明らかにしているものが少くなく、文書等による取決めはなくとも「自賠責診療」すなわち交通事故被害者の診療報酬は健保基準の二倍以内とする旨の取扱いが全国的にもほぼ一般化しているのが実情であり、昭和四四年一〇月に日本医師会が発表した「自賠法関係診療料金指標」においても、投薬料、注射料は購入価格の一・五ないし二倍とされているのである(右指標では注射料につき皮下注射技術料一五〇円が加算されるものとしているが、健保基準でも皮下注射については実質上七〇円の技術料が付加されている。)。

(三)  本件治療費の高額性

原告の請求にかかる岸本ビル診療所の治療費と現在大多数の中小病院等で採用されている健康保険診療報酬点数表(乙)(本件診療当時のもの。)によって算定した治療費を対比すると別表第一のとおりであり、同診療所の治療費は健保基準と比較して投薬料は二二・八倍、注射料は一二・一倍、総額的には一六・四倍に達し、前述した一般診療水準と比較して著しく高額であるといわなければならない。

(四)  本件治療費請求の不当性

岸本ビル診療所は面積一五坪程度の小規模な診療所であって、経営者であり同診療所の唯一人の医師である宮沢鉄郎医師が一日一七〇人ないし一八〇人程度の患者の診療を担当している状況にあり、他の一般開業医と比較して格別優れた人的物的施設を備えているものではない。また、原告の症状は、慈恵医大附属病院の初診時には右肩甲部・右上肢の重感、右手のしびれを訴えていたが、レントゲン写真、筋電図等の諸検査では著変なく、昭和四七年二月八日の転医時にはすでに症状が軽快していたものであり、岸本ビル診療所のカルテをみてみても、初診時主訴の欄に「頸部運動制限、頭痛」とあり、その後の経過についても、ところどころ「しびれ感」、「頸部痛」といった記載が散見されるにとどまり、これらの点からみても原告の症状が格段に高度の診療技術を要するほど特殊かつ重篤であったとは考えられない。事実、原告に対する診療行為も、むち打ち症に関しては一年半もの長期間にわたりベレルガル、ネオグレラン、MMT散の投与とビタミンB1およびB12の注射を漫然併用し続けたにすぎない。

次に、原告と宮沢医師とは原告の職業活動を通じて旧知の間柄であり、それゆえにこそ原告は宮沢医師の診療を受けるに至ったものであって、患者側の医師選択の自由が事実上奪われていたというような特別の事情はなく、さらに、診療開始後一年半もの間、宮沢医師から原告に対して治療費の請求がなされていないのみならず、原告が治療費の単価、金額等について関心を示し宮沢医師との間で協議した形跡さえもないのである。

したがって、本件には一般水準に比して特に高額な診療報酬請求を肯認しなければならないような特別の事情はない。

第四証拠≪省略≫

理由

一  事故の発生

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

請求原因第二項(一)、(二)の事実は当事者間に争いがないから、被告勇喜男および被告トシはそれぞれ本件事故によって原告が受けた損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  受傷内容および治療経過

≪証拠省略≫を総合すると、原告は本件事故直後野田市内の岩倉病院で受けたレントゲン検査では異常所見は認められず格別自覚症状もなかったが、事故後数日してから頸部痛、肩甲部・上肢の重感、上肢のしびれ等の症状が出たので昭和四六年一一月一六日慈恵医大附属病院で診察を受けたところ、頸椎むちうち損傷と診断され、昭和四七年二月七日までの間に一五回同病院に通院して治療を受けた後、岸本ビル診療所に転医し、昭和四七年一月一〇日から昭和四八年六月一七日までの間に一一七回同診療所に通院して治療を受けたこと、および、その間に前記症状のほかに易疲労性、思考力減退等の症状も加わり一進一退をくり返しながらも徐々に快方に向って症状はかなり軽快したが、天候の変化や疲労等により症状が出ることもあったので、その後も月に二、三回程度の割合で昭和四九年一二月二七日まで右診療所に通院したことが認められる。

(二)  治療費

≪証拠省略≫を総合すると、原告は慈恵医大附属病院に対し前示通院の治療費とし一万九、五一八円を支払い、また、岸本ビル診療所からは昭和四八年六月二七日前示通院の治療費として一〇七万二、四〇〇円の請求を受け、このうち七五万円については、原告が弁護士として同診療の開設者である宮沢鉄郎医師から受任した三件の民事事件の立替金、手数料、報酬金等の債権額合計七五万円をもって相殺し、残額三二万二、四〇〇円は同日現金で支払ったことが認められるところ、被告らは、右岸本ビルの治療費は診療内容および一般の治療費水準に比して異常に高額であり、このような高額の治療費請求を肯認すべき特別の事情はない旨主張し、右治療費中健保基準の二倍をこえる部分の本件事故との相当因果関係を争うので、右治療費が本件事故と相当因果関係の範囲内にあるかどうかについて判断する。

ところで、交通事故等不法行為に基く損害賠償請求訴訟においては、治療費といえども不法行為との間に相当因果関係のあることを要することはいうまでもない。そして、右相当性の判断に当っては、当該治療行為の必要性および当該治療行為に対する報酬額の相当性が検討の対象となるが、岸本ビル診療所の原告に対する本件治療行為についてはその必要性に疑問をいだかせるような事情は見当らないので、以下報酬額の相当性について検討することとする。

1  岸本ビル診療所の治療内容および治療費について

≪証拠省略≫を総合すると、岸本ビル診療所の原告に対する治療内容は後記のように他の薬剤の投与もないではないが、自律神経調整剤ベレルガル錠と鎮痛剤新グレラン錠を主剤としこれに健胃消化剤MMT散を加えた内服薬の投与と、通院時におけるビタミンB12(レヂソールH)およびビタミンB1の注射であって、右治療内容は前認定の昭和四七年一月一〇日から昭和四八年六月二七日までの通院期間を通じてほとんど変っていないこと、および同診療所は右治療に対する報酬額の計算に当っては、右通院期間中に原告に対し内服薬としてベレルガル錠四六九日分、MMT散四四八日分、新グレラン錠三一五日分、コランチル錠一一二日分、ブルフェン錠二八日分、キモーゼ錠七日分、ケフレックス七日分、エンテロノン一四日分を投与し、注射薬としてはビタミンB12(レヂソールH)一一七回、ビタミンB1一〇五回、メチロン三回、カンポリヂン二回を注射したものとし、これら薬剤の単価は別表(二)の単価欄記載のとおりとして計算し(ただし、メチロン注射のうち二回は無料としている。)、さらに、内服薬については右二ないし三剤を一日分調剤するごとに五〇〇円の調剤料を加算し、その合計額に初診料二、〇〇〇円を加えた額を総治療費として前記金額を原告に請求していることが認められる。

なお、甲第四号証診療報酬明細書にはベレルガル、新グレラン、MMT、ビタミンB12、ビタミンB1のみが施用されたように記載されているが、乙第一号証のカルテから投薬数および注射回数を拾いだした際のメモであると認められる甲第一五号証の一ないし六を集計すると別表(二)の岸本ビル診療所欄記載のとおりとなって、右メモの集計表であると認められる甲第一五号証の七の金額とも診療報酬明細書の金額(原告に対する請求額)とも一致せず、カルテの記載も乱雑なので右のいずれが正確かは確定し得ないが、前示のようにして治療費を算出したものと認められる。

2  岸本ビル診療所の治療費と一般診療費水準との対比

現在大多数の中小病院等で採用されている健康保険診療報酬点数表(乙)および薬価基準(乙)に基いて原告に対して施されたと同じ治療行為を行った場合、その治療費は別表第二の健保基準欄記載のとおり一〇万二六九〇円となることが認められる(なお、本件治療は昭和四七年一月一〇日から始っているが、便宜全治療期間を通じ診療報酬点数表については昭和四七年一月七日厚生省告示第一五号により改正され同年二月一日から施行されたもの、薬価基準については昭和四六年一一月二四日厚生省告示第三六四号により改正され昭和四七年二月一日から施行されたものによって計算した。)。したがって、岸本ビル診療所の治療費は右健保基準による治療費と比較すると投薬料については一二・五倍、注射料については一二倍、全体としても一〇・四倍にのぼっていることが認められる。

他方、≪証拠省略≫によれば、北海道医師会および福岡県臨床外科医学会は昭和四九年中にいわゆる自賠責保険診療費について健康保険診療報酬点数表により一点単価を二〇円(健保単価の二倍)を基準とする旨文書で明らかにしており、日本医師会も昭和四四年に発表した「自賠法関係料金指標」において、投薬料、注射料は購入価格の一・五ないし二倍を指標としていることが認められ(同指標では注射料につき皮下注射の場合技術料一五〇円が加算されるものとしているが、健保基準でもこの場合七〇円の技術料が付加されることになっている。)、また、弁論の全趣旨により原本の存在とその成立を認め得る乙第八号証(全国共済農業協同組合連合会発表の昭和四八年度自賠責共済の医療費統計)によれば、同共済が扱った合計二二、一四八件の診療件数(自由診療一七、七一一件、社会保険診療四、四三七件)の一日平均診療費は自由診療二、三一六円、社会保険診療一、五五二円であり、自由診療は社会保険診療の約一・五倍になっていることが認められる。さらに、東京金属事業健康保険組合千代田病院ほか一七の病院ならびに診療所に対する調査嘱託の結果によれば、東京都内の医療機関から機械的に抽出されたこれらの病院におけるいわゆる自由診療の報酬は別表第二のとおりであることが認められ、これによれば、右病院等においては健保基準によらない自由診療の場合でも、特に高額な一診療機関を除いては健保基準の三倍どまりで、大半は二倍以内であることが認められ、これらの事実によると、自由診療の場合の社会一般の常識的な診療費水準は健保基準の二倍程度であることが窺われる。

3  岸本ビル診療所選択の経緯等

≪証拠省略≫を総合すると、原告と岸本ビル診療所の開設者である宮沢医師とは原告の弁護士としての職業活動を通じて本件事故以前から親密な間柄にあったものであり、それゆえに原告は宮沢医師の治療を受けるようになったものであること、および、宮沢医師にはかねてからかなりの負債があって岸本ビル診療所の資金繰りもかなり窮屈な状態にあったにもかかわらず、本件治療費については、治療開始時から前認定の治療費精算時までの一年半余の間原告に対して治療費の請求はされていないのみならず、金額についての協議も、自賠責保険に対する治療費の直接請求もなされていないことが認められる。

以上認定した事実によると、岸本ビル診療所の前認定の治療費は社会一般の診療費水準に比して著しく高額であるといわざるを得ず、原告が本件事故により右治療費の支出を余儀なくされたとしても、治療内容や治療を受けるに至った経緯等から高額診療費であっても加害者に負担させるのを相当とするような特別の事情(例えば、重症患者に対する困難な手術の場合や被害者が医師を任意に選択する余地がないまま高額の治療費の支出を余儀なくされた場合等)は本件に存しないこと明らかであるから、加害者側である被告らとの関係においては、損害の公平な分担の見地から右全額を本件事故と相当因果関係のある支出であるとは到低認め得ない。そして、前認定の原告の受傷の程度、治療内容、回数、社会一般の診療費水準、右診療所の所属する地区医師会の診療報酬基準(≪証拠省略≫によれば、同診療所の所属する千代田区医師会の標準料金は、初診料二、〇〇〇円以上、再診料五〇〇円以上、調剤料五〇〇円以上、皮下注射技術料三〇〇円以上とし、薬剤料は実費となっていることが認められる。)、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、岸本ビル診療所の右治療費については、別表(二)の健保基準による投薬料合計四万九、一二〇円と注射料合計三万七、九九〇円の合計額を二倍した額に前示千代田区医師会標準料金表による初診料二、〇〇〇円、再診料五〇〇円の一一六回分五万八、〇〇〇円を加えた二三万四、二二〇円の限度でのみ本件事故と相当因果関係があるものと認めるのが相当である(なお、前記のとおり千代田区医師会標準料金表は調剤料を五〇〇円以上、皮下注射技術料を三〇〇円以上としているが、いずれも薬剤料は実費としているので、右認定額が右標準料金を下まわることはない。)。

そうすると、本件事故と相当因果関係のある治療費の額は前示慈恵医大附属病院に対する治療費一万九、五一八円と右二三万四、二二〇円を合計した二五万三、七三八円となる。

(三)  通院交通費

前認定の原告の治療経過に≪証拠省略≫を併せ考えると、原告は慈恵医大附属病院への通院交通費として一、八〇〇円、岸本ビル診療所への通院交通費として七、〇二〇円を下らない金員を支出し、合計八、八二〇円を下らない通院交通費を要したものと認められる。

(四)  慰藉料

前認定の原告の受傷内容、治療および症状の経過に≪証拠省略≫を併せ考えると、原告は本件受傷のため通院に多くの時間をさくことを余儀なくされたのみならず、前記症状による苦痛および不快感のために生活上はもちろん弁護士業務遂行の上にも支障をきたし、多大の精神的苦痛を蒙ったものと認められ、その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、本件事故によって原告が受けた精神的苦痛は一二〇万円をもって慰藉するのが相当である。

四  原告の被告会社に対する請求について

請求原因第二項(三)の保険契約の存在については当事者間に争いがないので、被告会社は被告勇喜男が本件事故に関し原告に対して負担する損害賠償額が確定したときは、特段の免責事由がないかぎり保険金額の範囲内で被告勇喜男に対して賠償額に相当する保険金を支払う義務を負うことになるところ、原告は被告勇喜男に代位して同被告の被告会社に対する右保険金請求権を行使する旨主張し、被告会社は右代位行使の適法性を争うので判断する。

ところで、損害賠償責任保険における保険金の支払は被保険者の負担する賠償額の確定が前提となることはいうまでもないが、本件のように被保険者に対する損害賠償請求訴訟と保険者に対する保険金請求の代位訴訟が併合されている場合には、これを認めても責任関係における賠償額を保険関係における支払の基準にするという責任保険の制度目的に背馳することにはならないから、賠償額の確定を保険金請求権行使の前提とするとの要件は緩和して差支えなく、また、≪証拠省略≫によると、被告勇喜男は調理師として稼働しているが、月収は七万五、〇〇〇円位であり、他に預金、不動産等もなく、原告の前認定の損害を賠償するに十分な資力を有していないものと認められるので(原告は、被保険者の資力の有無にかかわらず代位行使をなし得る旨主張するが、損害賠償債権も金銭債権にほかならないから、保険金請求権を代位行使するには債務者の資力が十分でないことを要する。)、原告の保険金請求権の代位行使は適法である。しかるところ、被告勇喜男は前認定のように原告に対して損害賠償義務を負担し、その合計額は保険金の範囲内であるから、被告会社は原告に対し被告勇喜男の負担する損害賠償額に相当する保険金を支払う義務がある。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は被告ら各自に対して一四六万二、五五八円およびこれに対する本件事故発生の日の後である昭和四九年一月二〇日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

〈以下省略〉

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